千両役者や!中日・岩瀬、史上初1000試合登板&407S

(セ・リーグ、中日4-3阪神、22回戦、中日13勝9敗、28日、ナゴヤD)未踏の領域を歩いてきた鉄腕が、ついに-。
伝家の宝刀、スライダーで糸井を遊ゴロに仕留めた瞬間、岩瀬の目に涙がにじんだ。前人未踏の1000試合登板-。通算407セーブ目(歴代1位)で飾った。
「1点差で(九回を)投げるのは、今年初めてだったので。抑えたいと思った。久しぶりに足が震えた」 会見では大粒の涙をこぼして声を震わせた。
4-3の九回に登板し、1死球で無失点。一死二塁では元同僚で1999年のドラフト同期入団、福留(1位、岩瀬が2位)を内角球で詰まらせ、マウンドで感極まった。「孝介(福留)とはいいときも悪いときもいっしょにやってきたので、思うところはあった。」
打ちとれてよかった 人前では涙を見せたことがなかった男が、星野さんでなかったら、2軍にいて、ここまで数字を重ねられなかった 1999年4月2日。
プロ初登板は広島との開幕戦(ナゴヤドーム)だった。1点リードの六回に中軸に3連打を浴び、一死も奪えず降板。しかし闘将は2日後の同カードで九回に再びチャンスをくれた。
「星野さんには感謝してもしきれない」。1回を無失点。そこが岩瀬の原点だ。
1年目から15年連続50試合以上に登板。5度のリーグV(日本一1度)に貢献するなど中日黄金期を支えた。2014年夏に左肘を痛めたが、いつも電話で励ましてくれた一人が、星野氏だ。
昨年は3年ぶりの50試合登板でカムバック賞に輝き、今年も開幕から1軍。球団から「来季も貴重な戦力として考えている」と打診されたが、引退を決意した。「僕は、ただ数字を積み重ねるために投げるだけではダメ。
「若手のチャンスを奪うだけ。リードした展開で投げないと」。シーズン前にこう話していた。
“敗戦処理”なら退く-。勝利のために投げてきたプライドだった。ナゴヤドームでは29、30日と、あと2試合。

 
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