初の下剋上!ソフトB、柳田で2年連続日本S CS8戦9打点でMVP

ナインがベンチを飛び出し、いつも以上に喜びを爆発させた。強力打線に打ち勝った猛打の主役は柳田。
最終戦も4打点を挙げ、2位以下から日本シリーズに進出する球団史上初の“下克上”にチームを導いた。「勢いに乗せてもらいました。チームのために点を取るのが自分の仕事。」
いい仕事ができた まずは一回無死満塁で左中間へ走者一掃の二塁打を放ち、先制の3点をもたらした。1点差の六回先頭では右中間席へのソロでリードを広げた。6点を挙げたチームは、1963年の日本シリーズ(7試合)で40得点した巨人を超え、ポストシーズン新記録の44得点を5試合でたたき出した。
63安打もCS新記録。中でも、柳田はファイナルステージ5試合で打率・450(20打数9安打)、8打点をマークし、ラスト2試合で本塁打を連発と格別の輝きを放ち、文句なしにMVPを獲得した。今季1度も西武からリーグ首位を奪えなかったソフトバンクだが、敵地で3勝9敗と負け越したことが大きな要因となった。
柳田も敵地で打率・192(26打数5安打)、0本塁打と低迷。直接対決で痛恨の5連敗を喫した9月には、打球が頭部を直撃して大事な試合で欠場を強いられるなど悔しい思いを残した。しかし、大舞台で最高のリベンジ。
工藤監督は「悔しい思いをしっかり持ってくれたのが一番」と選手たちをたたえ、主砲も「悔しい思いをしたし、個人的にもメットライフドームでいい成績を残せていなかったので」とうなずいた。秋山幸二前監督(56)に授かった“金言”が、活躍の礎となった。「あまり(バットを)変えない方がいい。
「自分の調子が悪いか、バットが悪いか分からなくなる」。CS中も打撃の微調整を繰り返す一方、いろいろなものに手を出してきたバットの材質を終盤戦でメープルに固定した。信じて決めた相棒で快音を連発した。
夏場には球場のグラウンドキーパーのために食事会を開くなど、周囲への感謝も忘れない。MVPの賞金100万円を受け取った選手会長は「僕でいいのかな。皆さんのおかげなので、みんなに還元したい。」
特に裏方さんにと笑った。「(広島は)生まれ育った街。日本シリーズでカープと戦えるなんて想像できなかった。」
かみしめて頑張ります。工藤監督を胴上げしたいです 広島出身で広島商高、広島との日本シリーズは史上初の組み合わせとなる。

 
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