大分・片野坂監督、J1昇格で2度目の涙 3年前にJ3でも就任決めた理由

◆明治安田生命J2:最終節 山形1‐1大分(17日・NDソフトスタジアム山形)  J1復帰を決めた大分の片野坂監督が、試合後の会見で就任から3年の道のりを振り返った。
それでも「そのときのトリニータのサッカーを見て、私が監督になったときに描ける絵があって、それをチャレンジすることでもっと良くなるんじゃないかと思った」と古巣を指揮する決断に至った経緯を明かした。1年目に掲げた目標はJ2復帰。システムなどさまざまなチャレンジをする中で、片野坂監督は感じたことのない重圧も経験した。
「われわれはできるだけ早く昇格しないといけないプレッシャーの中でやっていた。そのプレッシャーは今シーズンのJ1に昇格するプレッシャーよりも、本当に大変だった」。終わってみればJ3優勝で目標を果たしたが、J1でタイトルを獲得したこともあるクラブを立て直すことの意味を思い知らされた1年でもあった。
J3からJ2に復帰した時は「うれし涙とほっとした涙と感謝の涙が…」と顔を覆った。今回、J1昇格を決めた際は笑顔。もっとも「泣きましたけどね。
うれし泣きはしましたと照れくさそうに明かした。「試合が終わった時に(昇格決定か)どうなのかなというのがあったので。そして今もJ1昇格できた実感がないです。」
本当は勝って自力というか、決めたかったのは本音ですけど、昇格できたのはうれしく思いますとおなじみとなったガラガラ声で喜んだ。監督1年目はJ3、翌年にJ2で初采配、そしてJ2で初采配、そしてJ2で初采配、そしてJ2を2年で通過してJ1に昇格。
これまでをしっかり振り返った中でやっていかないとと続投が確実視される来年の“J1デビュー”を見据え意気込んだ。◆片野坂知宏(かたのさか・ともひろ) 1971年4月18日生まれ。鹿児島市出身。
鹿児島実高から旧日本サッカーリーグのマツダSCに入り、03年限りで現役引退した。引退後は広島コーチ、G大阪や仙台に移った後、Jリーグ発足後に広島や柏で主にDFとしてプレー。2000年にJ2大分で主将を務め、G大阪や仙台に移った後、Jリーグ発足後に広島や柏で主にDFとしてプレー。

 
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