ミスターと西郷どん

【ネット裏 越智正典】NHKの大河ドラマ「西郷どん」を見ていたら、長嶋茂雄が思い出された…。
宿舎ははじめ宮崎観光ホテルだったが、街から大淀川にかかる橘橋を渡った河畔の江南荘に。長嶋は自分の部屋の玄関のちがい棚に、自分に言い聞かせるように筆を執った色紙を飾っていた。「「敬天愛人天をうらみず、人をとがめず、唯、誠の足らざるを思う。」
「その時、鏡をごらん。美しい笑顔がある」(長嶋が書いたママ) 敬天愛人――いうまでもなく西郷南洲(隆盛)の箴言である。球場は毎日が縁日のようであった。
門を入ると、もう綿あめや、ひょっとこのお面など、屋台が出ていた。屋台のとなりがブルペン。そのとなりが数段の三塁側スタンド。
目の前でONが1本交代で近距離直撃ノックに向かっていた。ノッカーは応召3回、戦死した沢村栄治のキャッチャー内堀保。内堀は実戦同様の強打を打ち込むためにトネリコのノックバットを特注していた。
だが、悲壮感はどこにもなかった。長嶋が明るく叫ぶ。「ヘイ、カムオン!」。
たしかに「美しい笑顔」が、そこに「あった」。
渋谷から急な坂を下り、のぼって行った。いまの代官山一帯である。西郷投手は43年、マニラの市街戦で戦死された…と終戦後、連盟から聞いた。
休日。長嶋は監督に。
75年最下位。キャンプは同じ宮崎だが県営青島に。休日。
長嶋はまた小松を呼んだ。テープを回し始めたが「小松ちゃん、ちょっと待ってえー。窓を開けるよ。」
「ほら波の音が聞こえるよ。西郷隆盛は偉いんだあー」。

 
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