「権藤ポーズ」の秘密…98年横浜担当記者が見た

平成最後の野球殿堂入りが15日、東京・文京区の野球殿堂博物館で発表された。
あの頃、戦況を見つめる時もインタビューでも、権藤さんは腕を組み、右手をあごやほおに当てていた。その「権藤ポーズ」は、通知式後の囲み取材でも全く変わっていなかった。横浜日本一の98年。
私はとある週刊誌から「権藤ポーズ」について取材を受けた。先方は「アルコール切れで震えるのを抑えるため」と疑っていた。
後日、本人にその話をすると「フッ、バカたれが」と笑った後、こうつぶやいた。「でも、首が傾いてるのは肩を痛めた影響かもしれんな」。肩どころか首まで壊して散った壮絶な投手人生。
指導者になってからは、投手の首の曲げ方で故障を見抜いたこともあった。自身の経験を元に唱え続けた「投手を守る」という考えは、長い年月を経て高校野球や少年野球にまで浸透した。現役時代や監督、コーチとしての成績だけではなく、その功績も認められての殿堂入りだと思う。
ただし、取材の最後に高校野球の球数制限案について聞かれると「私はどうかと思う。大会はせいぜい1週間や10日。そこでつぶれるような選手はプロにはなれないよ」とバッサリ。
ちょっとヘソ曲がりで、きれいごとは言わない本音主義。これもあの頃と全く変わっていなかった。

 
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