ヤクルト坂口、震災での避難生活「いつも思い出す」

阪神・淡路大震災から24年。
95年1月17日、小学5年生だった坂口少年の記憶は、はっきり残っている。明石市内の自宅は倒壊はしなかったものの、大きく揺れた。母と2人、カップラーメンを持って自転車で避難所まで一生懸命に走ったという。
衝撃的だったのは、祖母が住んでいた家だった。猛火に襲われ、特に被害が大きかった神戸市長田区にあった。家は原形をとどめておらず、1階も2階も分からない「全壊だった」。
家族を含め、親戚一同が避難生活を余儀なくされた。「どんなに準備をしていても勝てないことがあるんだな、と思いました」。自然の脅威を知る機会となった。
時間がたっても、立場が変わりプロ野球選手になっても記憶は消えない。「毎年、カレンダーを見て、いつも思い出します」。プロ17年目のシーズンを前に、地元に思いをはせていた。

 
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