強まった「1リーグ制」への流れ/再編の予兆2

2003年(平15)の福岡ダイエーホークス売却案に端を発した球界再編問題を掘り下げる。
2004年(平16)6月13日。大阪ドーム(現京セラドーム大阪)を本拠とする近鉄バファローズの親会社だった近畿日本鉄道社長の山口は、5月下旬に神戸市が本拠だったオリックスオーナーの宮内義彦から会談の申し込みを受けたことを明かした。
その上で「鉄道が公益事業であることを考慮した場合、赤字続きで、回収見込みのない資金を球団に投入していくのは、会社の性格上、無理なことだと思います」と説明した。近鉄は年間40億円の赤字を計上。バブル崩壊後の97年に開業した大阪ドームも経営難だった。
現在はオリックスのシニア・チェアマンで、オリックス・バファローズオーナーの宮内は、15年前に起きた球団合併の経緯を振り返った。宮内 最初はこちら(オリックス)から合併構想を打診しました。近鉄は、15年前に起きた球団合併の経緯を振り返った。
長きにわたってプロ野球を運営してきた近鉄の終わり方として、合併という形でいかがでしょうかと持ち掛けたのです。ウルトラC? そうでしょうか。山口さんも「その方針でいきましょう」と意見が一致しました。
近鉄は、1949年(昭24)に創設されたパ・リーグに「近鉄パールズ」として加盟。59年にニックネームを「バファローズ」と変えたのは、監督に就任した千葉茂の巨人時代の愛称「猛牛」からとった。球団旗は岡本太郎画伯が制作。
リーグ創設時からチーム名が存在する唯一の老舗球団だった。ただ、オリックスと近鉄の合併が合意に達した後、ライブドアが近鉄買収に意欲を示したことで、球界は大混乱に陥った。宮内 非常に困惑しました。
歴史ある近鉄球団にとって最良の選択肢であると判断し、両球団の合併で、パは必然的に「6球団」から「5球団」に減少し、すでにオリックス、近鉄の合併が了承される04年7月7日のオーナー会議で「もう1つの合併」が浮上するのだった。
そして、プロ野球界は急激に「1リーグ制」へと向かっていく。オーナー会議の議長は、巨人オーナーの渡辺恒雄だった。宮内 パ・リーグが4球団に減ってしまっては、リーグ運営が成り立たないと思った。
親会社の業績悪化のあおりで、球団経営に影響が出ている。そこで、わたしは渡辺オーナーに会いにいって話し合った。もはやいったん1リーグにして球界全体を再構築するしかないだろうと、お互いの意見が合致したのです。
その「もう1つの合併」は水面下でうごめいていた。

 
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