【次のスターはオリまっせ】張奕投手 エースの言葉で消えた甘さ 投げ続けた先に春は来る

オリックスの次世代スターを発掘する当コラム。
入団後、初めてとなるマウンドからの投球に、カメラマンも報道陣も一挙手一投足に注目した。ところが、終了と同時に人は散っていく。そんな静かになったブルペンで投げ始めたのが育成選手の張奕だった。
捕手を座らせるのは今季初めて。約50球の試運転に「初めてにしてはよかったです」と少しだけ笑みを漏らした。日本経済大から入団し2年が終わった。
当初は、陽岱鋼(ヨウダイカン)のいとことしても話題になったが、立場は急転した。昨年6月に外野手から投手に転向。元々、強肩だった力強い投球はすぐに頭角を現し、MAXは151キロをマーク。
落差のあるチェンジアップは「消えた」と他球団の選手も驚いたことがあるが、それだけで通用するほどプロの世界は甘くない。投手として生きていく覚悟。気持ちを入れ替えるきっかけとなった出来事は、夏のある日のことだった。
寮の部屋で眠っていた張奕の耳に、車のエンジン音が聞こえてきた。「こんな朝早くに、誰だろう?」。時計の針は、まだ6時半を少し回ったところ。
寮の廊下にも人影はない。そんな静寂を破り、朝一番に姿を見せたのは金子だった。2軍調整中のさなかとはいえ、あまりにも早い登場に驚いた。
「金子さんの家はそんなに舞洲に近くないはず。だから6時前には家を出ていると思います。そうでないとこの世界で生き残れないんだ、と考え方が変わりました」 そこからは、リハビリ中の金子を盗み見るようになった。
「同じ事を毎日黙々と繰り返したり。練習の取り組み方とか、すごいなと思って勉強になりました」。張奕も投手に転向直後、右肩を痛めて同じようにリハビリ中だった。
熱視線を感じたのだろう。いつしか、金子が助言するほど近くにいた。
「この球はこう落ちるんだ、とか、感じるしかない」。コーチにただ教わるだけでは上達はしない。自分にしか分からない感覚を積み重ねること。
それは、言い換えれば努力だ。何とかなるだろう、という甘い考えは消え、金子の言葉が心に響いた。死ぬ気でやらないと。
覚悟を決めた張奕は、年末は練習を制限されただけにリハビリも必死。1日でも早い回復を願い、年を越した。
そして年が明けると望んでいたブルペン投球までできるようになり、1月24日のブルペンではカーブやチェンジアップも思うような軌道を描いた。「でも、スライダーがまだまだと笑みを見せなかったところは、成長の跡かもしれない。昨年、ウエスタン・リーグでは5試合で5イニングのみの登板とはいえ、防御率は1・80と可能性を感じさせる結果も出た。」
ただし、今年はそれ以上の結果を求められる。「契約してもらっただけでもありがたいです」。キャンプ地の宮崎に降り立った張奕の表情も、キリッと引き締まっていた。
様々な思いを抱き、キャンプに臨む。それは何も注目される選手だけではない。育成選手も同様に戦っている。
球春到来。今年もそんな人間模様を追い掛ける。

 
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