盛岡中央、西武山川ら育てた奥玉真大氏が監督に就任

99年夏の甲子園に出場した盛岡中央(岩手)の野球部新監督に、PL学園(大阪)で甲子園に出場した奥玉真大氏(44)の就任が21日、明らかになった。
自主性を尊重しながら的確なアドバイスで山川穂高内野手(22)がプロ入りした。4月1日から指導をスタートさせる。奥玉氏は11年の東日本大震災で、営んでいた酒店と自宅を流された。
昨年は後腹膜脂肪肉腫という悪性腫瘍の大病を患うも、1年近くにわたる闘病生活を経て回復。「野球を通じて学んだ自分に負けない気持ちも大きかった」。度重なる苦難を乗り越えた不屈の指導者に、復活を目指す盛岡中央から白羽の矢が立った。
99年夏に初出場。その後は楽天銀次内野手(30)らを輩出するも、甲子園からは遠ざかる。昨春の県大会では、ドラフトの目玉に挙がる佐々木朗希投手(2年)擁する大船渡に3-2で勝利するなど、県3位と躍進。
東北大会でも八戸学院光星(青森)に4-7と善戦するなど、20年ぶりの甲子園に向け機運が高まっていた。指導者として最も大切にしているのが、PL学園の部訓でもあった「球道即人道」だ。「震災と病気で2回死んでも不思議じゃなかったのに、多くの方々からの優しさ、思いやりをもらい生きることができた。
監督として、まずは野球を通じて世のため、人のためになるような人材を育てたい。結果としての目標は、東北としてまだ成し遂げていない日本一ですと強い決意を口にした。◆奥玉真大(おくたま・まさひろ)1974年(昭49)8月21日生まれ、宮城県気仙沼市出身。
南気仙沼小1年から気仙沼リーグの「南ボーイズ」で野球を始める。黄金時代のPL学園に憧れ、気仙沼中1年から気仙沼リーグの「南ボーイズ」で野球を始める。
1学年下の松井稼頭央(西武2軍監督)が付き人。92年のセンバツ1回戦・四日市工(三重)戦に代打で二塁打。東北学院大では1年からレギュラーも東北福祉大の前に8季連続2位。
社会人でプレー後、気仙沼で実家の酒販店「奥玉屋」を引き継ぐ。東日本大震災で被災し、12年から富士大でコーチ、助監督を務め、17年7月に退任。家族は夫人と1男2女。

 
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