サイ・ヤング賞の初代受賞者ドン・ニューカム氏 黒人初のMLB投手、中日でもプレー

2月19日、黒人初のMLB投手であり、ジャッキー・ロビンソンらと黒人メジャー選手のパイオニアとして活躍したドン・ニューカム氏が亡くなった。
193センチ99キロと当時としてはずば抜けて大柄で、目立つ存在だった。チームメイトには、のちにアメリカン・リーグ初の黒人選手となるラリー・ドビーがいた。1946年、ブルックリン・ドジャースのブランチ・リッキー会長にスカウトされドジャース傘下のマイナーへ。
ジャッキー・ロビンソンとは1年遅れだった。ロビンソンは47年にはメジャーに昇格するが、ニューカムは2年遅れの1949年。この時点でメジャーデビューしていた選手はロビンソンをはじめすべて野手だったので、メジャー初の黒人投手となった。
この年17勝を挙げて24票中21票を獲得して最優秀新人に選出される。打のロビンソンに加えてドジャースは、投でも黒人選手が主力となった。2年目に19勝、3年目の1951年には20勝を挙げて24票中21票を獲得して最優秀新人に選出される。
復員後の1954年からも先発で活躍し、1956年には27勝7敗、防御率3.06でMVPに輝いた。またこの年から制定されたサイ・ヤング賞の初代受賞者となった。しかし翌57年は開幕から6連敗。
台頭したサンディ・コーファックスやドン・ドライスデールの前に影が薄くなる。このシーズン途中にレッズにトレードされ1959年には13勝を挙げるが、翌1960年シーズン中にインディアンスに移籍。しかし成績不振で61年1月にリリースされる。
この年に古巣ドジャースに復帰するもメジャー昇格ならず。この年限りで引退したが、翌、1962年、中日のスカウトの誘いで、ラリー・ドビーとともに来日。投手としては起用できず外野手での契約だった。
ニューカムはMLBで15本塁打するなど、好打者としても知られていた。NPBでの登録名は「ニューク」しかし、すでに39歳。活躍することはできず1年で退団し、引退した。
MLBでの通算成績は344試合294先発149勝90敗、2154.2回、奪三振王1回、オールスター選出4回を投げて自責点2、勝敗つかず。

 
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