甲子園のスタンドで握ったホームランボールを四半世紀ぶりに発見

【球界ここだけの話】記者が高校野球の甲子園大会取材中に握ったホームランボール。
新潟明訓をモデルにした高校野球漫画屈指の名作「ドカベン」の作者、水島新司さんを取材するためだった。水島さんの左隣に座り続けて試合観戦。すると新潟明訓の選手が打ったホームランが、アルプス席に飛び込んできた。
周囲は狂喜乱舞。だが、誰も打球を取り上げた。
しばらくたっても野球部員や高野連関係者が探しに来ず、ずっとボールを握り続けていた。新潟明訓は3-1で1回戦を突破。試合後、喜びの声を聞いた水島さんにホームランボールを差し出した。
恐縮する水島さん。右隣に座っていた“ドカベン”香川伸行さん(故人)の後押しもあり、水島さんにボールを受け取っていただいてアルプス席を後にした。その後、ふとした折にボールの行方が気になっていたが、昨夏の甲子園大会取材中、アマ野球担当の赤堀宏幸記者から貴重な話を聞いた。
「日本ハムに高山さんという広報がいる。新潟明訓の野球部出身で、甲子園で新潟明訓にとって記念のホームランを打った人だ」。過去の記録を調べたところ、本塁打を放った打者の名は確かに高山さんだった。
半年後、本人に確認する機会を得た。今年2月に日本ハムのキャンプ取材で沖縄・名護へ向かった。到着した14日の練習取材中に“ハム番”中田愛沙美記者を通じて、日本ハムのキャンプ取材で沖縄・名護へ向かった。
一件を伝えたところ、高山さんのスマホに入っていたホームランボールの写真を見せてもらった。あの一打は五回に飛び出した先制のソロ本塁打で、第75回大会の大会7号。春夏通じて新潟明訓の甲子園初勝利の一戦だった。
2回戦で横浜商大に敗れた日の夜、宿舎で佐藤監督に届いたのだろう。高山さんは高3春までずっとベンチ外。
“最後の夏”に初めて背番号をもらって新潟大会に出場した。「8番・一塁で出場した。「8番・一塁で出場した。「8番・一塁で出場した甲子園での一打は、自身の野球人生で初本塁打だった。」
あのホームランがなかったら、今の自分はないと思います 記者が手にしていなくても、ボールは高山さんのところへ届いていただろう。現在、記念の白球が自宅に飾られていると聞いてホッとした。

 
ref
 

コメントは受け付けていません。