【楽天】由規、仙台の地でなんとしても投げたい…震災から8年「3・11」へ思い語った

東日本大震災から11日で8年。
その間、数々の故障と戦い、今季からはチームも変わった。8年という月日の長さをどう感じているのだろうか。「今年で30歳になることを考えると「そんなにたったのか」とも思いますが、「8年も前の出来事という感覚はないですね。
僕にとって、あの2011年だった。そういう意味で、何とか投げている姿を地元の人に見せたいという思いでずっとやってきました。
「3・11」というのは特別な日なんです 11年9月に1軍のマウンドに立つまで約5年を要した。長く、苦しいリハビリ生活を送る上で、故郷への思いは心の支えになっていたという。
「震災のこともそうですし、地元で僕のことを応援してくれる人がたくさんいることは感じてました。仙台で投げる時には、僕が地元出身だということを分かった上で(対戦相手にもかかわらず)たくさん声援をもらってましたから。そんな中、16年に復帰して、やっといろんな人にパフォーマンスを見せられるなと思ってた時に去年、またけがをしてしまって…」 右肩を痛みが襲い、11年間在籍したヤクルトを戦力外に。
今季から育成選手として楽天に移籍した。高校以来となる仙台での生活が始まると、被災地と身近に接することで新たな発見もあった。「復興に向かって、周りのみなさんに盛り上げていこうという形がすごく見えるんです。」
実際、僕も楽天に入ってきたので、一緒に盛り上げたいという気持ちは強くなりましたね。今はけがをしてしまってるので、そんなに偉そうなことは言えないですけど…」 被災地の人々は、不屈の闘志で復活を果たし、再び故障に打ち勝とうとしている地元出身のスターに、復興に向かう自分たちを重ね合わせている。「そこに関しては、使命感とまではいかないですけど、自分が復活することで少しでも元気を与えられるかな、いいニュースを届けられるかな、という思いはあります 東日本大震災では、仙台育英高時代にバッテリーを組んでいた1年先輩の斎藤泉さん(享年22)を津波で亡くすという悲しい経験もしている。
斎藤さんの父・匡(ただし)さんとは現在も交流が続いているという。「僕のオヤジ(均さん)と仲がよくて、実家に来ることも多いんです。最近は、楽天入りが決まった後に電話で話しました。」
「仙台に来るのが決まったので、また応援してください」と言って、喜んで下さって。息子さんを亡くしてるから、軽々しく「元気だった」とは言えないですけど、本当にすごく元気に話をしてくれるんです。ずっと応援してくれてるし、僕も頑張らなきゃという思いにしてくれます 楽天に移籍し、仙台で生活することになったことで、今までできなかったこともできそうだ。
「これからは、津波で大きな被害を受けた沿岸部に足を運んで、実際に街の様子を見てみる時間も増えてくると思います。斎藤さんのお墓参りにも行けそうです。斎藤さんのオヤジさんも「メシを食いに来いよ」と言って下さってるので、ぜひ行きたいですね 愛する地元への、亡き先輩への思いを胸に、今後は1軍のマウンドに返り咲く日を目指して行く。
現在はブルペンで立ち投げを行うまでに回復。捕手を座らせるタイミングをはかっている段階だ。「これまで地元の人たちは、僕が投げてる時は楽天を応援しながら、こそっと応援してくれてたんですけど、これからは心おきなく応援してもらえる。」
それはすごく心強いし、すごくやりがいがある。だからこそ、この仙台の地で、ホームとして投げたいという気持ちが強いです。
「1日でも早く、何としてでも楽天生命パークのマウンドで投げたいという気持ちが一番です。一緒に頑張りましょう!」 ◆由規(本名・佐藤由規=さとう・よしのり)1989年12月5日、仙台市生まれ。29歳。
仙台育英高では甲子園に3度出場。07年高校生ドラフト1巡目でヤクルト入団。10年に当時の日本人投手最速となる161キロをマーク。
右肩痛などで16年に育成選手となり、同年7月に支配下選手に復帰。今季から楽天に育成選手として移籍した。通算90登板で32勝36敗、防御率3・66。
179センチ、80キロ。右投左打。年俸340万円。
背番号123。

 
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