吉田輝星、東北へ決意新た マー君のように勇気を

「東北の星」となり、震災からの復興の一助になる。
12日にはイースタン教育リーグ楽天戦(鎌ケ谷)で対外試合デビューする。マー君のように勇気、希望、感動を与えられるプロ野球選手へ、第1歩を踏み出す。  ◇   ◇   ◇デビューが秒読みとなった吉田輝の頭の中でも、震災の記憶が風化されることはない。
「8年たっても、爪痕というか、震災の影響は残っている。勇気づけというか、そういうものになれればいいと思います」。12日の対外試合初登板を前に、故郷・東北への思いを新たにした。
小学4年生、グループ学習の最中だったという。「机の下に隠れろ!」。ガタガタと揺れる校舎。
震える窓ガラス。秋田は津波被害の大きかった太平洋沿岸ではないが「揺れが強かったので、怖かった」。自宅は停電になった。
震災から間もない13年、地元の楽天が日本一になった。「震災からすぐで、すごく勇気をもらってうれしかった」。特にエース田中の活躍は、野球少年の胸に刺さった。
「1敗もしないで、優勝に1番貢献していてかっこいいなと思った」。時がたち、自身もプロ野球選手となった。輝かしく見えた田中のような存在を目指し、12日にはイースタン教育リーグ楽天戦(鎌ケ谷)のマウンドに上がる。
登板予定は中継ぎで1イニング。この日は室内練習場で軽く汗を流した。9日に一足早くデビューした柿木が2三振を奪っており、吉田輝は「三振3つ取るしかないです」と言った。
直球で真っ向勝負することも公言している。「ストライクゾーンにしっかり腕を振って投げられれば、高めにもし抜けても、振ってもらえる。そういうことも感じられればいいです。」
「(状態は)試合になれば勝手に上がってくると思う」。ほぼ同時期の3月10日に教育リーグで投手デビューした13年の大谷は、2回を1安打2奪三振無失点。最速は152キロだった。
同じ鎌ケ谷で、吉田輝も最初の足跡を刻む。【本間翼】○…あと500日と迫った東京五輪へ、吉田輝も最初の足跡を刻む。
若きエースとして、日の丸を背負う覚悟をにじませる。

 
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