センバツ2019 支える人々/下 22年の縁、指導も共有 監督・植松照智さん 部長・山下晃太さん /福井

<第91回選抜高校野球>  出会いは22年前、高校生だった春にさかのぼる。
「鳴り物入りの大型投手が1年生で入ってくるぞ」。それが、山下さんだった。身長183センチ。
隆とした双肩に初対面した植松さんは「とにかく「大きいなあ」というのが第一印象だったと振り返る。野球部寮で相部屋となり、ともに白球を追う後輩として気にかけるようにはなったが、20年を超える奇妙な縁が続くとは思いもよらなかった。高校で甲子園への出場がかなわなかった2人は、関東学院大(横浜市金沢区)の硬式野球部で再会する。
そこでも内野手と投手として互いに高め合う日々だったが、ともに目立った成績は残せなかった。植松さんは指導者の道を模索するも当時は巡り合わせが悪く、2003年に神奈川県内の港湾関連企業に就職した。すると、後を追うように山下さんも翌年、同じ会社の門をたたく。
転機は12年だった。高校で2人を指導した大八木さんが啓新の初代監督に就いた。それから間もなく、植松さんには1本の電話がかかった。
「今でも野球を教えたいか」。間髪を入れず二つ返事で応えた植松さんに、再び高校野球の情熱がよみがえった瞬間だった。2人の奇妙な縁は続いた。
翌13年に啓新の部長となった植松さんは、軌を一にする山下さんにも声をかける。「野球に関わる仕事をしたかったので迷いは無かった」。山下さんは会社を退いたのち大学に入り直して教員免許を取得し、16年に啓新のコーチとなった。
18年には大八木さんが監督を勇退。2人はチームをけん引する監督と部長の間柄になる。高校から大学、企業から指導者まで。
歩みをそろえた互いについて、山下さんは「一緒にいるのが当たり前の存在」と言い、植松さんは「何でも言い合える仲だからこそ、指導方針も共有できる」と語った。第91回選抜高校野球連盟主催)は23日に開幕する。2人が選手だった頃に見た甲子園の夢は、22年の長きを経て実現しようとしている。
=この連載は塚本恒が担当しました。

 
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